創造性豊かな!
アート・オブ・フリーダム
ベルナデット・マクドナルド著
恩田真砂美訳
アート・オブ・フリーダム 稀代のクライマー、ヴォイテク・クルティカの登攀と人生
1970年代から80年代の登山界を牽引した
ヴォイテク・クルティカは、ポーランドが
生んだ偉大なクライマー(登山家)である。
クルティカは、固定ロープも酸素ボンベも
使わず少人数で登攀(とうはん)する
アルパインスタイルで、ヒマラヤの数々の
難峰を攻略してきた。
慎重に死の危険を回避しつつ、独特の美意識と
創造性に貫かれたその登攀は、今も世界中の
クライマーの尊敬と憧れを集めている。
彼はクライミングをゲームや競争と
見なすことを嫌悪し、ジャーナリズムや自身への
称賛からも距離を置いてきた。
それだけにカナダ人山岳ジャーナリストが7年の
歳月をかけて編んだ本書は貴重な評伝である。
それはクルティカの幾多の登攀を臨場感だけでなく
彼の心理や思想も含めて多層的描き出す。
ちなみに記者も登山家である。
クルティカにとって、クライミングとは、名声や
野心を満たすものではなく、
常に「自分自身を超えようとする困難な試み」
であった。
また、真の自由を獲得するための東洋的な「道」
ともいえるものだった。
山で経験した空間と光は彼に深い内省の
まなざしをもたらす。
彼は熟慮の末、自分の人生や宇宙の創造性の
根源となる何かがあること感得する。
そして、自然の営み、社会生活、経済や芸術、
政治さえも、その根源的なものの顕れだと考えた。
彼にとって困難な登攀に挑むことは、創造性の
発露であり、美とのダンスであり、大自然と
一体化する行為であった。
効果的な説得と影響力
事実はなぜ人の意見を変えられないのか
ターリ・シャーロット著
上原直子訳
「早く宿題をしなさい」
「食事の前に手を洗わないとダメ」
子どもに、そう注意する親は多い。
“○○をしないと、
あなたにとって悪いことが起きる”
という説得は、本当に効果的なのか。
認知神経学者の手による本書は、
「あなたという存在は
あなたの脳が作り上げている」
という前提に立ち、他人の考えや行動に
及ぼす〈影響力〉について詳説していく。
題名の通り、単に事実を提示するだけでは、
人の心は動かない。
人間の脳は、自分の意見に肯定的な情報を
得た際に喜びを感じるようにできている。
説得が奏功するかどうか、まずは相手の
状況によるだろう。
相手がストレスを感じている時は、リスクの
ある提案を拒否する可能性が高い。
何を、どのように伝えれば相手を説得
できるのか。
多くの実例を踏まえ、多彩な研究成果を
挙げる本書によると、例えば強固な信念の
持ち主には、相手を否定せず、互いの
共通点から話を始めるのが得策である。
また、本当に行動を促すには、恐怖を
与える以上に、選択の自由や利益を示す
方が有効だ。
苦境を打破するための大胆な選択肢を
選べない相手には、不安や恐怖を取り除く
手助けをしてあげることが大切になる。
事実に基づき、論理立てて説明したのに、
相手が考えを変えないのは、必ずしも
分からず屋だからではない。
人間とは、事実以外の要素に、簡単に
強く影響される存在なのだ。
それを知るだけでも、人への接し方は
変わるだろう。
地球外生命を多角的に論じる
エイリアン
ジム・アル=カリーリ編
斎藤隆央訳
エイリアン・・・・地球外生命体といえば、
SF映画やオカルト本の題材という印象が
あるかもしれない。
だが、今やそうではない。
地球外生命は近年、科学の真剣な研究課題である。
研究に値することを示す事実が、次々と
明らかになってきたからだ。
例えば、
太陽系を含む天の川銀河だけでも地球型惑星が
10億個も存在するとの推計がある。
地球外生命の存在可能性の検討・探査を
柱とする「宇宙生物学」には、既に20年を
超える蓄積がある。
本書は、宇宙生物学の最先端を一望する論考集だ。
天文学・宇宙物理学・生化学・遺伝学・
神経科学・心理学など、関連する各分野の
第一線の研究者20人が、地球外生命の可能性を
多角的に論じていく。
生命を育み得る惑星の条件や、地球の生命が
どのように誕生したのかを改めて考察した
内容など多岐に及ぶ。
また、本書の寄稿者の中には地球外生命の
否定論者もいる。
一方、SF映画の中のエイリアンをまとめて
批判する章など、愉快な論考もある。
真面目一辺倒にならない遊び心も本書の魅力だ。
各論者が共通して指摘するのは、一つの星に
生命が誕生し、それが知的生命となって
文明を築くまでに、途方もない低確率の偶然が
積み重なる必要があるということ。
私たち一人一人が知的生命として、今ここに
在ること自体が“奇跡の中の軌跡”ともいうべき
偶然に得る幸運なのだ。
生命の尊さ、かけがいのなさを
再認識させられる書だ。